上海だってイタリアだって「英語」
上海だってイタリアだって「英語」に関する、ブログライターさんの記事です。

上海だってイタリアだって「英語」
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[http://www.english-eigo.com/ <strong>英語</strong>]
<strong>英語</strong>
この記事はブログルポの<a href=http://eigo.hades1.net target= blank >英語特集</a>の依頼により執筆しました。
拙者は今まで、メリケン(カリフォルニア州・グアム島)、イタリア(ミラノ周辺)、上海と、以外に海外にも隠密に出掛けている。
拙者の恩師と言うのが、英語が「第三か国語」に相当する外国人であった為、レッスンは勿論英語であった。お互いネイティブではないので、以外に疎通はできるものである。
こんな風に、いきなりネイティブとではなくとも、例えば「オタク文化」とか共通の作業を通じて、最初はボテボテながら次第に解って行くと言う事がある。大抵は、中学の教科書丸暗記程度の文法度と単語語彙があれば何とかなるのだ。
メリケンでは、たった一週間の滞在でも、全く逃げ場の無い状態であったので(向こうでお邪魔した家の日系家族は殆ど日本語ゼロ)話すしか無かった。だが、聞いているだけで、何を伝える時はどう言い回すのか、結構覚えるものである。それは、授業の中や教科書に書いてあるものではなく人間同士のハートの部分だったり、あちらの民族性由来の言い回しだったのするので、やはり原語の発生地点へ行ってそこの空気の中に身を浸すというのは、なによりの原語習得の早道と言えよう。
上海は元々、清朝崩壊後に欧米諸国による租界が形成され、欧米文化がいち早く流入した街でもある。故に、大抵のホテルマン達は英語を母国語の様に流暢に話す。だが、「日本語出来ます」と歌っているホテルマンの日本語度なんてのは、いいとこ「両替」「チェックイン・アウト」に際したピンポイント的な習熟度が殆どで、日本語を話せるスタッフの日本語度と、英語を話せるスタッフの英語度とでは格段の開きがある。故に、小難しい交渉などは、英語の方が格段にスムーズに済むのだ。
それはイタリアも同じで、イタリアは日本同様、70年代後半以降、義務教育の中に英語が組み込まれ、相当時間の英語を学んでいる筈なのだが、ところが国全体で見るとその会話度はさほど高くなく、ミラノのモンテナポレオーネ通りや、よほど観光客の多い地域でないと、店のスタッフで当り前の様に英語を話す人には滅多にお目にかかれない。逆に音楽を勉強した人間がイタリア語の「楽語」を使ってジェスチャーした方が話が早かったりする。
子供の英語教育もそうだが、結局、家など習慣的に英語を使う環境に無い中でいくら英才教育を施しても、それは下手をすれば日本語でのアイデンティティーの確立をも阻害しかねず、個々の環境に合ったペースを見直すべきだろう。
大人なら、もう、行っちまった方が早い。それも日本人同士で固まって行動するのではなく、英語圏なら英語圏の空気に触れて、身振り手振り、それこそ最初は「ベイビー・トーク」と言われる程の少ない文法と語彙から始めれば良い。
ブログライターさんの元記事
http://blogs.yahoo.co.jp/onmitsuken/155660.html
